心理カウンセラー◆近藤あきとし

訪問ありがとうございます。こちらは「カウンセリングサービス」所属
心理カウンセラー「近藤あきとし」のブログ/プロフィールページです。

カウンセリングサービス所属: こんどう あきとし(東京地区担当)

超自立男性との恋愛の悩み(失恋・浮気・片想い)、不倫・離婚・セックスレスなどのパートナーシップのご相談、また親子間の葛藤・母子癒着など家族関係にあらわれる問題の解消においてクライアントから非常に高い評価をいただいている。人生の問題を通してクライアントの心の奥深くに眠る「本来の願い」を掘り起こし、「癒し」を通して人生を切り拓く力、自己成長を力強くサポートしている。理論を駆使した「心理分析」と、感覚を活用する「セラピー(心理療法)」の両面で感情を癒すことを強みとしているカウンセラー。

自身の「うつ病」の回復過程でカウンセリングと出会い、人生の転機を得てカウンセラーへ転身。その実体験に基づくアドバイスの説得力から、「うつ」に悩む本人はもとよりその家族・援助者からも支援を求める声が集まっている。また自らの経験から、ハードワーク・燃え尽きの解消の為のアプローチに長けており、問題の泥沼から抜け出す為のサポートを提供し続けている。

親しみやすい人柄と面倒見の良さから、クライアントからは『頼れる先輩』のような印象を持たれることも多く、「少し先に立っていて導いてくれるガイドのような存在」・「いつも今いちばん大切なものは何かを教えてくれる人」などの声と共に全幅の信頼を寄せられている。実直で飾らない語り口と、穏やかで抑制のきいた「味のある声」に癒されているファンが実は多いらしい。


カテゴリ:▽もしもあなたに世界が救えるなら

昨日の記事まで、5回に渡って2014年2月11日に開催されました、東京カウンセラーズ・フェスタで講演させていただいた、『最高の恋愛は最高の癒し(ヒーリング)』の内容をお送りしてきました。 今回はさらに母子癒着を掘り下げ、どのように切り離していくかについてお届けしていこうと思います。 ...

いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。 心理カウンセラーの近藤あきとしです。 2014年2月11日に開催されました、 東京カウンセラーズ・フェスタで講演させていただいた 『最高の恋愛は最高の癒し(ヒーリング)』の内容を 5回(4月17日〜21日)にわたってお送りしたいと思います。 ...

前回(第21回)は癒着(母子癒着)についての記事を書きました。 母親が子供と自分の感情の境目が分からなくなり、子供の感じている 感情を自分のものとして感じてしまったり、子供を一人の人間として 認めることができずに自分自身と思って扱ってしまうことを 母子の間における心理的「癒着」としてお話をさせていただきました。 今回はどうして子供をそんな風にあつかってしまうのか? 母親側の心理についての解説をしてみたいと思います。 ...

前回(第20回)の記事に対して、みなさんから たくさんのコメントを送っていただきました。 ありがとうございました。 なかでも、 「記事に書いてあった母娘の話は、私の家と一緒です」 というメッセージを何通もいただきました。 カウンセリングをしていても、女性のお客さまから 母親からの過保護・過干渉で自分の意思を持てなかったという お話を伺うことは少なくないんですね。 ...

もしかしたら私たちが不幸でいること、問題を持ち続けることで 誰かに復讐をしているかもしれない。 と言ったら、ちょっとドキッ!としてしまうかもしれませんね。 私が心理学の道へ入り、勉強をしていく中で 今あげた言葉をトレーナーから言われた時に 一番苦しかった時、問題を抱えていた頃心の底では どんなことを考えていたかな?と思い返してみたことがありました。 ...

カウンセリングをしていると、クライアントが慢性的な問題に悩んでいる時に そもそもその前提として、「誤った思い込み」を抱え続けているが故に いつまでも同じ問題を抱え続けていた、というケースに出会うことが良くあります。 「自分には、○○(お金・才能・チャンスなど)が無いから無理だ」 とか、 「私には助けてくれる人が一人もいないから」 「今の状況(または相手)が変わらない限りどうにもならない」 と言って諦めてしまったり、いつの間にか自分で制限を生み出したり 勝手に孤独になっている、という思い込みを作ってしまうことで、 上手くいかない人生に自分自身を縛りつけてしまうと、どんどん苦しい 方向へ向かってしまうでしょう。 ...

前回の記事の中で、私たちは心が傷つく経験をすると、その痛みから 自分を守る為に「〜な自分だから愛されないんだ」という思い込みを 作ってしまうのです。というお話をしました。 みなさんもわざと相手を拒絶したり、嫌われるような素ぶりをして しまったことに思い当たる節は誰にでもあるのではないでしょうか。 そうして感じていることと逆の行動を取ることで、自分の持つ過剰な 意識を相手に悟られまいとしているのです。 ・好意を持っている相手の前で興味の無い態度を取ってしまったり ・パートナーに甘えたいのに不機嫌なフリをしてしまったり ・情熱的な自分を隠してルールや常識を振りかざしてしまったり することもその現れと言えます。 ...

前回の記事では、魅力を相手から欲しいものを手に入れるために使うと 獲物を釣るためのエサや取引材料のように扱ってしまい、自分自身を 苦しめる生き方になり、魅力を使うことを楽しめると自分も相手も 幸せを感じられる、という内容をお送りしました。 ではどうして、自分の長所である魅力を取引材料のように扱ってまで 相手から欲しいものを奪おうとしてしまうのかというと、心の中の 自己嫌悪がその根本であることが考えられます。 私たちは誰でも自己嫌悪を持っています。おそらく全く無いという人は いないでしょう。しかし、その発端は人生のどこかで生じた間違った 思い込みから出来上がっているのです。 ...

日々カウンセリングをしている中で、クライアントの魅力を発見することは 私にとってとても楽しいことの一つです。ほとんど習慣になっているので 仕事以外でも、黙っていても目の前の人の素敵なトコロってどこかな? と考えてしまっていることに気づく時も良くあるんです。 そこから間違いなく言えるのは、みなさんにはそれぞれに魅力があり、 魅力の無い人なんていない、ということです。 ...

前回までの続きです。 つい自分から「負け」を選んでしまう人には、その周りに「勝ちたい」 と思っている人がいることが良くあります。「勝とう」としてくる相手に いつもなら、みなさんが負けてその場を丸く収めてきたかもしれません。 しかし、今日は負けを選ぶパターンを変えてみようとしたとします。 ではその相手をどう受け入れていけば、自分も相手がより良い関係に なれるかを考えてみます。 ...

前回のブログで書いた、つい自分から「負け」選んでしまうことを癖のように 持っていると、どうなるかについてをまとめると… ・衝突を避けて、相手を「正しい」ことにしてしまう ・それは相手と本気で関わることを避けているから ・表面的に相手に「あなたが正しい」と言っても、結局は自分の本音の  「ホントは違うけど」という気持ちは相手に伝わってしまう。だから  何度でも、勝ち負けを決める争いを仕掛けられることになる。 ということでした。 実は「負け」を選ぶことは、これら以外のデメリットもあるのです。 ...

誰かと議論や競争になった場合に、その時の立場や話の内容に 関わらず、相手と衝突することを避ける為だけに、つい「負け」 を選ぶことが多いなと感じるコトはないでしょうか? (かつての私がそうでした) 相手と正面から関わり、お互いに意見を交わして話し合うことを 避けて、相手が「正しいことに」してしまうのです。 ・何か言ったら怒らせそうだから、余計なことは言わないでおこう ・話を合わせていれば、自分と仲良くしておいてくれるだろう ・黙っておけば丸く収まるから そんな考えから「負け」を選んでいるとしたら、安全な場所にいる ことはできそうですが、それだと上辺だけの薄っぺらい関係しか 築けなかったりして、相手と何でも言い合えたり、本気で心配して くれて怒ってくれるような、しっかりと深いところでも繋がっている 人間関係を作ることは、難しいかもしれませんよね ...

前回の記事をはじめとして、何度か罪悪感についてのお話をとりあげてきました。 自分が悪いことをしたと思って、自分自身を酷く責めてしまい、罪を償わなくては という気持ちから、他人に対して過剰に尽くしてしまったり、辛いとわかっている 行為であっても、その苦行をやめられないことも多い、という内容でした。 実は、この罪悪感を持ち続けることで、私たちは周りの人に対して 復讐をしようと、無意識のうちに行動している場合もあるのです。 ...

「苦行マニアのあなたへ」シリーズの中で、過去の罪悪感がその原因と なっていることをお話しました。子供時代に親を助けたかったけれど、 それが失敗したことで傷つき、罪の意識を感じて自分を罰するように 苦行を繰り返してしまうのだと。 ではなぜ、子供は親を助けられるだけの力が無いにもかかわらず、 無謀とも言える、大人を助けようとするチャレンジを試みようとするのでしょう? もちろん子供であれば、親を助け笑顔にしたいと思うのは当然かもしれません。 しかし、心理学的には罪悪感という感情から、なぜその行動をとってしまうのかを 説明することができるんですね。 そしてさらに、その感情を抱えたまま大人に成長すると、身近な人との間で 色々な問題が出てくることが多く見受けられるのです。 ...

過去2回の記事をまとめると… ・苦行は過去の罪悪感を今償おうとしていることであり、  自分も周りも傷つけてしまうものだということ。 ・その罪悪感の理由は色々あるが、全て誤解だったことに  気づかないと、いつまでも続けてしまう可能性がある。 という内容でした。 今回は、苦行をしてしまうあなたへ向けて、手放しのお話です。 もしあなたが、今も苦行をしている気がするのであれば… まずは今まで自分はよく頑張ってきたと、褒めてあげませんか? ついつい苦行を続けてしまうのは、過去の罪悪感が動機になっていることが 原因かもしれないんです。 笑顔にしてあげたかった人がいたけれど、失敗したと思っていたり、 身近にいつも辛そうな顔をしていた人がいたり、あなたより先に苦行を している人がいませんでしたか? ...

前回の記事で「苦行」をしてしまうのは、心が過去のある時点を 向いているからであり、罪悪感を感じていることが動機となって、 「過去の罪」を「現在の苦行」を続けるコトで償っているという お話をしました。 罪悪感という感情のルーツを遡っていくと、ほとんどが私たちの 子供時代に、その根っこを持っていると考えられられるのです。 ...

みなさんは、表向きには良い人で、誰にも頼らず自力でがんばっているけど どこか苦行や修行のような気配が漂って、周りの人が見ていて辛くなってくる という誰かや、シチュエーションに心当たりはないでしょうか? 私はサラリーマンの頃はまさに、この苦行を続けていました。 残業が月に100時間を超えるのは当たり前で(その他にサービス残業も)、 仕事も周りに渡さず、回ってくる依頼はすべて受け入れていましたので、 仕事中毒と言ってもいい状態でした。仕事以外は目に入らないといった 心境でめり込んでいたのです。 当時は気づいていなかったのですが、自分ががんばっているだけに どうやら周りにも同じくらいの、“苦行レベルのがんばり”を強要する 雰囲気を振りまいていたようです。表向きは、温和で良い人、働き者で 通っていたので、きっとかなりギャップを感じさせていたと思います。 ...

これまでのポイントとしては ◎怒りを溜め込まないように、自分の中の些細な怒りに気づくこと。 ◎怒りの下にはネガティブな感情が隠れているので、そこを見つめて  素直な感情を相手に伝えていくこと。 によって振り回されることなく、怒りと向き合うことが出来るということでした。 それでも、いざ怒りを感じる場面になった時には、上手く表現できずに 爆発するパターンを繰り返してしまうという人もいるでしょう。 また、そもそもいつ怒りを感じているのかに気づけないという人もいるかと 思います。 それは無意識のうちに、感情を抑え込むことが昔からのクセになっている からなんですね。 ...

前回の記事「怒りのパターン」では、 自分の中の些細な怒りに気づくことが大事というお話をしました。 大きな怒りは気づきやすいですが、些細な怒りはなかなか気づきずらく 怒っていることに気づかないうちに飲み込んでしまいがちなのです。 いつの間にか溜め込んだ怒りで心が一杯になり限界を越えて一気に 爆発という最悪の事態になる前に、早めに対処しましょうということでした。 今回は、その次には何をすればいいのか?ということについて 考えていきたいと思います。 ...

「怒り」という感情は、感じていて気持ちのいいモノではありませんし 非常に強いエネルギーを持っていますので、扱い方の難しい感情と言えるでしょう。 我慢して我慢して、耐えきれなくて急に爆発してしまうことがあると、 自分も嫌な気持ちですし、ぶつけられた方もその度に辛い思いをするのでは たまりませんよね。出来ることなら、なるべく上手に付き合いたいものです。 ...

前回の記事の中で、  >>http://blog.livedoor.jp/cs_akitoshi/archives/65812844.html 「才能というのは、頑張らなくても当たり前に出来ることをいうんですね。」 とお伝えしました。 例えば、「素直な人」にとっては素直で正直でいることが当たり前なので、 誰かに「素直だね」と褒められても感激するほどには喜ばないものでは ないでしょうか。 才能とは当たり前すぎて、かえって気づけないくらい自然で何の疑問もなく 使えてしまうようなものだったりするのです。 ...

自分に厳しく、自分を責めることが多い人は仕事、恋愛、家族関係 様々な場面であらゆることにおいて、上手くいかないことがあると 感じることがよくあります。 自分を責めてしまうのは、自分が許せないからなんですね。 そんな、自分を許せない罰したくなる気持ちを「罪悪感」といいます。 しかし、罪悪感は出来れば感じたくはないものですし、 ふだんは心の奥底に潜んでいるので、意識的には感じることが難しく、 なかなか自分に罪悪感があるとは気づきにくいものなんです。 ...

自分を愛せていないときというのは、何も受け取れないときなんですね。 周りからどんなに優しい言葉をかけられても受け取れませんし、 どんなに恵まれた場所にいてもそのことに気づけません。 気づいた所で受け取れない罪悪感から、その恵みを全部払いのけて しまうこともあるでしょう。その後でしてしまったことで自分を責めて さらに苦しむこともあるでしょう。 ...

本日から新しい心理学シリーズを始めました。 ≪もしもあなたに世界が救えるなら〜自分を愛する心理学〜≫ もしかしたら、ずいぶんと大層なタイトルだと思われるかも しれませんね。 このタイトルにしたのはそれなりの理由があるのですが、 その前に少しだけ私の話をさせてくださいね。 私はうつ病になったことがきっかけでカウンセリングを受ける ようになり、その中で自分を癒すこと、自分を認めること 自分を受け入れることを知りました。 それまでの私は誰にも心の中を打ち明けず、自分を隠しながら 生きてきました。自分のことが大嫌いで、こんな自分を他人に 知られたらきっとみんな私を見捨てていくのだろうという考え を信じ切っていたので、誰かといる時には常に周りの役に立つ 自分を演じているしかありませんでした。 でも、ほんの少し自分を「良く頑張ってきたじゃないか」 と認めても良いのかもしれないと感じ始めてから、 それまでの他人の期待に応える為の自分ではなく、 本来の自分、自分の好きな自分で生きるということを 徐々に受け入れられるようになっていったのです。 ...

↑このページのトップヘ